母性は存在しない!? 赤ちゃんと関わる人なら誰にでも備わる「親性」って?
- 赤ちゃんを育てていると親の脳が変化するってご存知でしたか?赤ちゃんを育てるために発達した脳は「親性脳(おやせいのう)」と呼ばれます。親性脳とはどのようなものなのか、どのような人に備わるのか京都大学大学院で発達科学の研究をされている田中友香理先生に教えてもらいました。
親性(おやせい)ってなに?
- 「親性」や「親性脳」という言葉を私は初めて聞きました。それって何ですか?
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はい。親性とは、子どもを育てている親が持つ心の特性のことをいいます。子どもを育てることができる人であれば誰にでも備わりうる心の性質のことなんですよ。心理学では子どもを育てるために必要なスキルのことを指すこともあります。
子育て行動に関わる脳のはたらき方のことを、親性脳と呼びます。親性脳は誰かに生まれつき、あらかじめ備わっているわけではなく、子どもを育てていくうちに脳が変化してできあがっていきます。だからお母さんだけでなく、お父さんも、おばあちゃんもおじいちゃんも、子育てに関わる人には同じように親性脳が備わると考えられます。
生物学的な女性が、子どもを育てるために生まれつき持っているといわれる、いわゆる「母性」というものは、私は存在しないと考えています。なぜなら「女性だけが養育のために必要な特定の脳部位を持っている」という証拠は今のところ無いからです。個人差はありますが、赤ちゃんと関わるときには、男性でも女性でも同じ脳の部位が反応します。
育児に長く関われば関わるほど親性は強くなる
- でもお父さんよりもお母さんの方が赤ちゃんの相手が上手なことが多いように思います。
- 面白い研究があるんですよ。
自分の子が遊んでいる様子を見た両親の脳の活動パターンを、fMRI※を使って調べてみると、親の生物学的性差ではなく、養育経験の量に応じて脳の活動の強さが異なっていたのです。
最も強く反応が出たのが第一養育者です。第一養育者とは、育児に関わる時間が一番長い人のこと。第二養育者は、第一養育者ほど脳が活性化しませんでした。重要なことは、第一養育者が男性であるか女性であるかによる違いはなく、養育経験によって親性脳が可塑的に作られることが分かったんです。
ですから、「母親の方が、育児は上手そうだ」という印象や考え方は、これまで、「母親が育児行動の中心を担い、父親は働きに出かける」という状況が、どの家庭でも一般的であったからではないでしょうか。
親性脳を育てるために大切なのは、育児をする経験です。たくさんオムツ替えをして、何度もミルクや食事を与え、遊んで寝かしつけて赤ちゃんと長く関わるほど親の脳は発達し、育児に最適な振る舞いができるようになるとみられます。
※MRI装置を使って脳の活動パターンを調べる方法のこと
育児はみんなで
- では赤ちゃんとたくさん関わるようにすれば、お父さんの方が赤ちゃんの相手が上手になることもあるんですね。
- はい。親性はお父さんだけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんも備えることができるかもしれません。
自然界の法則から考えると、おばあちゃんの存在って不思議なんです。霊長類の多くは死ぬまで繁殖が可能ですが、ヒトは閉経してからも長生きします。その意味は進化論的には子育てに関わるためではないかと言われています。子育てに必要な知識を伝達し、子どもが生きながらえるようにサポートするのがおばあちゃんの役割だというわけですね。
もともと育児は母親が一人でするものではなく、複数の大人が支え合いながらするもの。親性はあらゆる人が持ちうるものですから経験によって親性を育て、子育てにみんなが参加していくことはとても自然なことなんです。
親性のあらわれには個人差がある
- 赤ちゃんと長時間関われば、誰でも上手に子育てできるようになるんですか?
- 親性のあらわれ方には個人差があります。妊娠期から親性が発達する人もいれば、親性の発達になかなか時間がかかる人もいます。
- 親性がうまくあらわれてこない人にできることはありますか?
- 子どもを育てる行動に深く関わるオキシトシンというホルモンがあります。オキシトシンは分娩や授乳時に放出されるホルモンなのですが、実は男性にもあることがわかっています。
オキシトシンは赤ちゃんと遊んだり、身体を触れ合わせたり、アイコンタクトをとることで分泌されますから、赤ちゃんに優しく触れたり、ベビーマッサージをしてみたり、赤ちゃんとアイコンタクトを取ったりするといいのではないでしょうか。
- 親性はこれからの育児のキーワードとなっていきそうですね。先生、ありがとうございました。
取材協力
田中友香理
関西大学社会学部 日本学術振興会特別研究員RPD
専門は発達心理学、発達科学。
著書に、「発達科学から読み解く 親と子の心―身体・脳・環境から探る親子の心」(ミネル
ヴァ書房)、「新・教職教養シリーズ 発達と学習」(共著、協同出版)などがある。